2020年 元日 メッセージ

ルカ 2章8〜20節 は イエスの誕生 が書かれています。

8-9節 にあるように、天使はなぜ、牧師では無く羊飼いに現れたのでしょうか?
ユダヤ人である羊飼いもトーラは学んでいましたが、特にメシヤを待ち望んでいる宗教者ではありませんでした。
しかし彼らは”神殿に備える子羊” を飼っていたひとびとです。
東方の知学者にもメシヤも降誕がしらされました。彼らは異教徒です。
ヘロデ王は王が生まれたということにおいて殺そうとしましたが、こういう事があっても宗教者たちは特にイエスの誕生を重要視してはいませんでした。
今日も言える事は神のメッセージは知的にある宗教者では無く、他の処にあることも考えられます。

14節からは神の栄光を賛美する天使と天の軍勢を見ますが、これは創造本来からエデンの園でも彼らの使命であり、神の栄光無くして我々の生活にも平安はないのです。
神の栄光を賛美する事から始まり、この世に神として生まれたイエスにその栄光を賛美し帰しています。
イエスは(神の)子羊として動物の飼葉おけに生まれましたが神の存在する場所がHoly of Holyなのです。

17節では天使がこの幼な子について告知した事が全て本当であったことを目で見て知らされています。そして神の栄光を見た彼らは神を崇め賛美しながら帰りました。

ここにパターンがあるのを見ます。

聞いて(information・知識)—見て(seeing ・ 啓示)—変えられる(transformation)
外庭—–聖所—-至聖所

25節よりシメオン(listenの意味)-神の声を聞いて神の子が生まれるのを待っていました。
彼もまた、知識が与えられ–見て啓示され–子を手に触れた事により完結し死の恐怖などなく神を賛美しています。
36節にはアンナ(Graceの意味)も同様にこの幼な子によって全てが完結されました。
この二人はちょうど神の約束を見ていたアダムとイブに当たります。

剣は舌であり、神の言葉、裁き、自己否定、生まれ変わる、救いなど、と色いろ言えます。罪の許し得た後、いかに清算していくかです。

キリスト・イエスの誕生は12月25日に祝いますが(実際の誕生日とは定かではありませんが), 同じメッセージが新年NewYearにも当てはまります。イエス様が来られてAD新しいカレンダーが始まりました。
祝福はエデンの園に戻る事です。
私達も人生において、神のみ言葉によってイエスに逢い(罪の赦し)エジプトを出て、荒野で聖霊の助けを得て啓示されすこしずつ自分が変えられていきます。イエス様は私達のために住む所を備えに行くと言われましたが、住む家に入る自分(Holyなる自分)になるために聖霊は力をくれ訓練します。そして約束の地エデンの園で神と共に(頼って)歩むのです。

今年がまた皆様にとって、導きと恵み多い神と共に歩むであります様祈ります。

東京学び会 2019年6月

以下の通り、6月の学び会を予定しています。
お時間のある方は是非ご参加ください。

※当初は仮日程としていましたが、日程が確定しました

場所:
〒113-0021 東京都文京区本駒込4丁目35−15
東京都文京区 勤労福祉会館

日時:
6月22日(土) 13:15 – 17:00

講師:
ビマ・アラグ氏 

2019年3月学び会のレクチャーノート

3月学び会のレクチャーノートがアップロードされました。
※「音声説教」参照

内容:
人は自分の努力では、本当に生まれ変わることも、悔い改めることもできません。
それらは〝行い〟によってではなく、神からの〝啓示〟によって得られるものです。
〝啓示〟は、何かスーパーパワーを得ることでもなく、本当の意味で、神を知り、自分を知ることです。
また〝礼拝(ワーシップ)〟とは、ロック調の派手なステージパフォーマンスでもなく、それに熱狂することでもありません。
聖書では、アブラハムがイサクを捧げにモリヤ山に行ったとき、初めて〝礼拝〟ということばが使われました……。
今回は〝啓示〟と〝礼拝〟をテーマに、聖書の様々な事例から正しい理解を深め、〝福音の全て(full gospel) 〟についても改めて学んでいきます。

東京学び会 2019年5月

以下の通り、5月の学び会を開催します。
お時間のある方は是非ご参加ください。

場所:
〒113-0021 東京都文京区本駒込4丁目35−15
東京都文京区 勤労福祉会館

日時:
5月25日(土) 13:15 – 17:00

講師:
トム・チャコ氏 
イギリス在住の宣教師。ヒンズー教社会で育った後、ニューエイジ、世界宗教を学び、キリスト教宣教師となる。

タイトル:
イエスの弟子たる教え

2019年1月学び会のレクチャーノート

1月学び会のレクチャーノートがアップロードされました。

内容:
ヨハネ4章の「サマリヤの女」とイエスの出会いは有名な話です。当時ユダヤ人に蔑まれ避けられていたサマリヤ人の中でも人目を避け、ひっそり生きていたような女性です。しかも、イエスは不可触民だった彼女に飲み水を請います。器を持たないイエスは彼女の不浄のコップから飲むことになります。ここで女がイエスと話すうちに徐々に変えられていく様は、私たち一人ひとりが、イエスと出会い変えられていくことの象徴でもあります。この二人の会話を中心に「生ける水」とは何か、通常では語られない〝福音のもう半分〟とは何か、人は本当に〝そのままでいい〟のか…などを解き明かしていきます。